お嬢クラブBBS 1310779

ここはひばりファン専用掲示板です。
.............................................ojouclub_hibari@yahoo.co.jp ............................................
mixi
FACE BOOK

美空ひばりtwitter

ojouclubをフォローしましょう
美空ひばり公式web
コロムビア美空ひばり
photo
アメブロ


「歌は我が命」

1:みどり :

2015/08/28 (Fri) 14:03:41

host:*.wakwak.ne.jp
 盆明けの、陽子さんの「花風の港」の投稿から派生して、さとるさんの「歌は我が命」第7集~ふるさと~のジャケット→薬師寺→高田好胤氏→11PMでの共演と、話題は繋がり、、。
 この辺りが「お嬢クラブ」の楽しいところですね。

 第7集の収録曲は①遠い冬②あやめの宿③木更津事くづし
④清水次郎長⑤佐渡の石小法師⑥串本ぞめき⑦北国の駅⑧京のてまり唄⑨萩は城下町⑩祖谷のむすめ⑪五木の母⑫花風の港(全12曲)
 薬師寺って奈良なのに、、? 京都の隣だから、まァいいか。

 ひばりさんの、芸能生活二十周年(s42)は、「歌は我が命」と題した正月特番でスタート。誕生日には、新曲12曲入りLP「歌は我が命」第1集が発売された。以後、毎年同じ時期に発売。10年にわたる名企画だった。発案者は、当時ひばりさんの担当ディレクー雨森康次氏!

 このころ、すでにひばりさんの身辺が騒がしくなっており、この「歌は我が命」については、皆様も色々な思いを持っておられることと思います。どうぞお聞かせください。
2:みどり :

2015/08/29 (Sat) 16:42:37

host:*.wakwak.ne.jp
 LP「歌は我が命~美空ひばり芸能生活20周年記念」については、「地球音楽ライブラリー美空ひばり」に詳しいので引用紹介します。

>常に新しいことに挑戦し、トップスタ・スターのまま昭和42年に、芸能生活20周年を迎えることになった美空ひばりに、新たな挑戦をしてもらおうという企画を、当時のひばり担当ディレクター雨森康次が考えた。
 当時レコード会社は、歌手も作詞・作曲家も専属制をとっていた。しかし雨森は、今後はフリーの作家が、流行歌の世界に新しい波を起こすと、逸速く感じ、トップ・スターの芸能生活20周年記念という金看板を利用し、美空ひばりに、多くの作家の色々な作品を歌ってもらおうと考えた。
 
 この作品12曲の内、日本コロムビアの看板作家・古賀政男の2曲のほかは、すべて1曲ずつ、合計22人もの作家が、作品を提供しています。このような試みは、レコード業界でももちろん初めてのことで、この企画に賭けたディレクター・歌手・作家の心意気が感じられる作品となった。
(中略)
 結果、この作品は大好評で「歌は我が命」シリーズは、毎年,美空ひばりの誕生日に発表され、10年間続くこととなった。<

「歌は我が命・第1集」(全12曲)
①思い出は遠く哀しく   関沢新一 ・古賀政男
②ひばりの子守唄     三浦康照 ・市川昭介
③芸道一代        西条八十 ・山本丈晴
④やさしい愛の歌      西沢爽  ・佐伯亮
⑤哀愁桟橋        石本美由起・万城目正
⑥薄情男         丘灯至夫 ・土田啓四郎
⑦あの人の        永六輔  ・中村八大
⑧泣かないで       藤田敏雄 ・いずみたく
⑨真赤な太陽       吉岡治  ・原信夫
⑩あなたを愛したい    中村メイコ・神津善行
⑪わかってね       平岡精二 ・平岡精二
⑫別れの終着駅      関沢新一 ・古賀正男

「思い出は遠く哀しく」
聴くたび、心がキュッと締め付けられる、、。もう「ひばりが嫌い」なんて言わせない!

「芸道一代」
大詩人・西条八十氏による、ひばりさんへのエール。

「真赤な太陽」
今もなお色あせない、夏の定番曲。
若い職員さんも、90過ぎのご老人も、手拍子を下さり、今月はこの曲で盛り上がり、ひばりさんに感謝しました。

3:さとる :

2015/08/29 (Sat) 18:30:52

host:*.bbtec.net
http://bbs10.fc2.com//bbs/img/_493800/493722/full/493722_1440840652.jpg  ひばりちゃんにふさわしいタイトルのネーミングは、見事だと思います。「歌は我が命」が発売された芸能生活20周年記念から30周年までの10年間は、彼女の芸歴のなかでも特に波乱に満ちていた期間だったのではないでしょうか。

 ファンにとっても、悲喜こもごもの年月でしたが、毎年、誕生月の全曲新譜、LP「歌は我が命」の発売は、最高のよろこびでした。

 「歌は我が命」一集のトップに収録の、「思い出は遠く哀しく」ですが、初めて聴いたとき、雷に撃たれ衝撃をうけるくらいの感動を覚えました。今も変わることなく大層気にいっています。

 「思い出は遠く哀しく」は、この春に、李香蘭さんの未発売のテスト盤(昭和19年録音)、「雲のふるさと」(大木惇夫作詞)が見つかったとの話題が報じられましたが、「思い出は遠く哀しく」と同じ曲(メロディー)だそうです。
 また、昭和18年に、伊藤久男さん歌唱の「雲のふるさと」で、レコードが発売されています。
 
 李香蘭さんのレコードは発売前に没になり、伊藤久男さん盤も軍部の方針?で発売を絶たれた経緯がありました。
 古賀先生は、この曲は相当の自信作だったらしく、ひばりちゃん歌唱で世に問いたかったのでしょう。「歌は我が命」で再び世に出たときはさぞかし喜ばれたことと思われます。

 昭和53年の古賀先生の葬儀の際には、コロムビア楽団と明治大学マンドリン部が交互に「思い出は遠く哀しく」の曲を演奏して先生を送ったそうですから、いかに古賀先生がこの曲に思い入れがあったかが分かります。

 レコード店に入荷したレコード、「歌は我が命」を、大事に家に持ち帰って、ドキドキしながら針を落とす時のうれしかったことは忘れられません。

 写真は、「歌は我が命」昭和42年初回発売特典にもらったハンケチ2枚セットで、私の思い出のアイテムで、大切にしています。
4:みどり :

2015/08/30 (Sun) 08:12:11

host:*.wakwak.ne.jp
 本当にあの十年間は、ファンも苦しかったですね。

①ひばりさんの来し方行く末を暗示するネーミング「歌は我が命」の凄さを再確認。
②今年の春発表された、李香蘭の未発表曲「雲のふるさと」 が、ひばりさんの「思い出は遠く哀しく」と同じ曲だった事。
③その「雲のふるさと」が、S18年に伊藤久男歌唱で発売されていた事。
④古賀正男葬送曲が、「丘を越えて」や「誰か故郷を思わざる」ではなく「思い出は遠く哀しく」だったこと、、、。

 深い内容の返信、感謝し読み返しています。
5:オールドファン :

2015/08/30 (Sun) 08:57:08

host:*.plala.or.jp
「歌は我が命」の1集の話題が出て来ましたので、お話したいと思って、書き込みました。
 
 10曲目に収録されている、中村メイコ作詞、神津善行作曲の「あなたを愛したい」に編曲が違う別バージョンが存在する
のを最近発見しました。その曲は「こころの歌・哀愁平野」で
デアゴスティニの販売の43枚目のCDです。

 音楽的才能がないので、編曲の分析は出来ませんので、
このCDは、最初は売れましたが、さすがに43枚目となると
買ったファンが少ないので、まだ在庫があるのではないかと思いますので、買われた方の、情報をお願い致します。
6:さとる :

2015/08/30 (Sun) 18:15:02

host:*.bbtec.net
 「歌は我が命」といえば、私も、やはり、「歌は我が命」の生みの親である、故・雨森康次さんが思われます。

 洋楽が専門の才能のあるプロデユーサーで、ひばりちゃんのために大きな貢献をされた方で、とても尊敬をしています。
 
 雨森康次さんは、昭和38年、クラウンレコード設立時の必死のサポートから、昭和40年の台湾公演にも彼女に同行し、活躍をされたことなどを思い出します。

 ひばりちゃんが、雨森康次さんとの出会いにより、彼女の芸能史にすばらしい足跡を残すことができたことは、ファンの私にとっても、うれしく、幸せに思います。
7:みどり :

2015/08/30 (Sun) 23:08:40

host:*.wakwak.ne.jp
 雨森康次氏は、S39年正月から41年いっぱい、ひばりさんを担当した日本コロムビア・ディレクター。
 
 S38年夏、コロムビア・レコード分裂、秋、クラウン・レコード創立。当時のひばりさん担当ディレクターだった馬淵玄三氏(「艶歌の竜」と言われた伝説の人)が、伊藤正憲氏や米山正夫氏等と共に、クラウン・レコードに移動したため、急遽、雨森氏が後任ディレクターに任命された。

「 実際の顔合わせは、ずっと早い時期(S36年)LP「ひばりとシャープ」の打ち合わせに馬淵さんのお供で、横浜のひばり邸に招かれた。敬愛するシャープス・アンド・フラッツのリーダー・原信夫さんをまじえ、ひばりさんとジャズ談義に花を咲かせることも多かった。」と、雨森氏は、S41年正月、後援会茶話会で「ひばりさんとジャズ」と題して、ファンに語っている。
 
 雨森氏・原信夫氏との出会いは、大きいですね。
ひばりさんは、「禍い転じて福となす」を、地で行った希有な人だと思います。

「思い出は遠く哀しく」に戻りますが、「悲しい酒」と「思い出は遠く哀しく」が、新曲でないことを、雨森氏は当然知っておられたと思いますが、、。
 やはり、良い曲は残って行くということでしょう。

  • 名前: E-mail(省略可):
  • 画像:

Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.