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荒木一郎さんと美空ひばりさんの『私の誕生日』 - 麦秋 (男性)

2018/02/20 (Tue) 08:48:06
*.bbtec.net

 ネットの時代まで生き延びて、その恩恵をわずか?ではあるけれど、受けることができてまことに幸福だと感じます。
昨日の朝も、意外なひばりちゃんの情報に触れることができました。

 1977年11月、ラジオ関東「電撃ワイド」の番組に出演の荒木一郎さんの思い出の曲が、ひばりちゃんの『私の誕生日』だったというのです。

 その、1977年の録音がネットにUPされているのだから、すごいことだと感心するばかりです。恐らく、荒木一郎さんのファンか、事務所の関係者がネットに出されたのだろうと思いますね。
 荒木一郎さんは、ひばりちゃんが『悲しい酒』を出した頃に、『空に星があるように』がヒットしていて、TVでよく観ていた、懐かしい方です。

 荒木一郎さんが、子供の9歳の頃、美空ひばりさんが好きで、『私の誕生日』が印象に残っていると、ご本人の肉声と『私の誕生日』を聴くことができた。
 私も、『私の誕生日』は、思い出の曲だから、この出会いがとても嬉しかった。

 私は、親が買ってくれたレコードのなかに『私の誕生日』もあった。A面は、『流れのギター姉妹』。こちらは、哀調あふれる落ち着いた歌だが、裏面は、楽しくて明るい曲で、A面を聴いたら、必ず、レコードを裏返してB面をかけて聴いていました。
 それに、レコードのレーベルが写真付き。綺麗で、手にするのも嬉しかった。
『私の誕生日』は、S27年4月最初の歌舞伎座公演で発表された曲の一つだった。レコードでの発売は、一年後のS28年4月でした。

 『流れのギター姉妹』の方は、ヒットしていたからラジオで流れて聴くことができたけれど、裏面の『私の誕生日』の方は、ほとんど流れなかった。荒木一郎さんの話にはなかったが、私の想像では、彼もレコードを持っていて、聴いてたのしんでいたのではないかと、いつもの想像をたくましくしています。
 私とは四歳年下の荒木一郎さんと、ひばりちゃんの『私の誕生日』のことを忘れることはないでしょう。
  
 ネットで知った後、色々な想像をしたりしてご機嫌な一日を過ごすことができました。

Re: 荒木一郎さんと美空ひばりさんの『私の誕生日』 - 朝風呂Mail (男性)

2018/02/20 (Tue) 15:56:58
*.bbtec.net

 今回もうれしい投稿ありがとうございます。
荒木一郎さん、最近はどのような活動をされて
いるのか知りませんが、彼とひばりさんの
接点があったこと、初めて知りました。
名優、荒木道子さんのぼっちゃんで、ひばりさんが
好きだったなんてうれしいですね。荒木一郎さんの
「空に」は自分も好きで、よくカラオケで歌います。
甘い声だとよく褒められるんですよ(笑)

「私の誕生日」、以前仲間を呼んで家で誕生日の
祝いを兼ねて飲み会をやるときに、この曲をかけた
ことがあります。ひばりさんがこんな曲を吹き込んで
いたことを初めて知った友人たちはびっくりして
いました。クリスマスのときは、ひばりさんの
クリスマス・ソングもかけます。

 今回のyoutubeへの投稿、三日間で100人近い
人がすでに試聴しています。ひばりさんファンは
どれくらいいるんでしょうね? 麦秋さんが
これを見つけたのは偶然ですか?
それにしてもすぐ関連のレコードや画像が出てくる
麦秋さん、すごいですね。

Re: 荒木一郎さんと美空ひばりさんの『私の誕生日』 - 麦秋 (男性)

2018/02/20 (Tue) 17:49:03
*.bbtec.net

 朝風呂さんのカラオケ・レパートリーに、
荒木一郎さんの『空に』がおありとは、驚きです。
奇遇ですね。
 この掲示板を、荒木一郎さんがアクセスして
もらえたなら、喜ばれることでしょう。
想像するだけで楽しくなります。

 私が、荒木一郎さんの動画を見つけたのは、
偶然です。うれしい情報はないかと、ネット
ハンティング?していて偶然でした。なかなか
このようにすてきな情報にはヒットできません。
今回は、嬉しくて、投稿させて頂きました。

 朝風呂さんがお子さんの時分みたいに、
九歳の荒木坊っちゃんが、お母様の前で
『私の誕生日』を歌われていたのかも知れません。
彼の歌う姿が目に浮かんでくるようです。

 まさか、荒木一郎さんは、あの大滝詠一さんに
勝るとも劣らぬ美空ひばりさん通なのかも?
知れませんよ。

 朝風呂さん、お返事、有難うございました。

Re: 荒木一郎さんと美空ひばりさんの『私の誕生日』 - さくら (女性)

2018/02/23 (Fri) 00:16:30
*.zaq.ne.jp

麦秋様、朝風呂様、いつも楽しく読ませて頂いております。ありがとうございます。

今回の「荒木一郎さんとひばりさん」について、何かないかと図書館へ行ってきました。
『まわり舞台の上で 荒木一郎』 2016年10月発行の本に10行足らずではありますが、ひばりさんの事が載っていました。

~~幼少の頃、荒木さんはどういった音楽がお好きだったんですか?

荒木: 小学校から中学のあたまぐらいまでは、美空ひばりのすごいファンだったの。 もう大好きで、当時、SP盤で持ってた。小学校から中学校ぐらいのときに、美空ひばりがやってた連続ドラマがあるんですよ。 夕方の五時ごろからで、学校から帰ってきたら、それを必ず聴いてたんです。 テーマ曲、♪ハナノカンムリヲー、っていう歌だった。 長い間レコードになってないみたいだったけど、メロディは自分で全部覚えてた。
やっぱり、美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみ、みたいなのがあった時代、初期アイドルだから。美空ひばりは、国民的歌手だから、知らない人はいなかったでしょう。 近くの学校の校庭なんかで映画会をよくやるわけですよね。 『リンゴ園の少女』とかそんなのを、よく見ましたよ。
だから、美空ひばりは好きな人もすごく多かったと思うね、小学生だろうと何だろうと。・・・

以上です。ここに登場する連続ドラマは、あの「花の冠」ですね。
♪ハナノカンムリヲーというのは、主題歌なのでしょうか?
もしかしたら、今も、荒木一郎さんはこの曲を歌えるかもしれないですね。そうだったら、是非、聴いてみたいなぁ!

横山美智子著『花の冠』という本があるをこの掲示板で初めて知り、探してみました。ポプラ社のものは、見つかりませんでしたが、「日本少年少女名作全集 13」に収められていました。
『花の冠』という詩が物語の中に出てきます。

花の冠をいただいて
匂うよ匂うよ 花のおとめ

のぞみよ ほこりよ おとめのうえに
花の冠は おとめのうえに

花の冠のにおいこめ
あしたのみちのかぐわしく

花の冠にうつりはえ
いのちかがやく花ひらけ

この詩が、主題歌になっていたのでしょうか?
主人公の名前が「マルミ」ということは、ひばりさんのドラマのために書かれた作品なのかと思ってしまいますが、どうなのでしょうか? 疑問が次から次に・・・!



Re: 荒木一郎さんと美空ひばりさんの『私の誕生日』 - 麦秋 (男性)

2018/02/23 (Fri) 06:45:53
*.bbtec.net

 さくらさん、うれしい嬉しい投稿、ありがとうございます。

 荒木一郎さんの情報、すごいですね。著書は2016年で、まだホヤホヤの最近ですからね。なにはおいても、ただ、只、有難く、うれしいです。
 10行でも、ひばりちゃんへの想いがビンビンと響いて伝わるものがあります。昭和29年の記憶を見事に描かれていて、感心します。当時は、日本全国、ひばりちゃん旋風だったことは、オーバーではなく事実です。
 私にとって、この10行は、天にも昇るほどのうれしい宝物です。

 S29年は、彼女のレコード発売が、18枚。全35曲でした。荒木さんも待ち望んでおられた『花の冠』のレコード発売が、かなわなかった背景が、解る気もします。レコード化のなかったことが、本当に悔しく、残念!です。
 
 荒木一郎さんも『花の冠』のメロディを覚えておられていたと知り、感激です。とにかく良い曲なのですから・・・。ホント、荒木さんに歌って欲しい。
 こじつけのようですが、『私の誕生日』と『花の冠』には、良く似た部分があるのに気づきました。
♪は~な~のかんむりを~ い~ただいて~ と、『私の誕生日』の、後半の
♪みなさ~ま ほんと~に のところなどは、そっくりなメロディです。
 ただし、「花の冠」の音楽は、万城目 正。『私の誕生日』は、上原げんと。
 荒木一郎さんが、SPレコード『私の誕生日』を聴いておられたことも、ほぼ間違いなかったように確信しました。

 ラジオ「花の冠」の主題歌の歌詞は、さくらさんにUP頂いた、小説の詩とは、少しだけの違いはありますが、ほぼ同じです。

 小説の主人公の名前が「マルミ」なら、ほぼラジオのひばりちゃんのために書き下ろされた可能性が大ですよね。「花の冠」の前に放送された「青い空白い雲」の主人公の名前も「マルミ」で、「リンゴ園の少女」も、「マルミ」でした。
さくらさんの想像通り、ひばりちゃんのために横山美智子氏はドラマ用に「花の冠」を書き下ろされたように私も思いました。

 荒木一郎さんのため?に、ラジオ「花の冠」の歌詞を書き写します。「花の冠」を、いつか歌って聴かせてください。

花の冠を いただいて
  匂うよ 匂うよ 花の乙女
のぞみよ ほこりよ 乙女の上に
  花の冠は 乙女の上に
花の冠は 乙女のために
  自然がそぅつと おくるもの
花の冠のにおいこめ
  あすへの道の かぐわし
花の冠てりはえて
  のぞみかがやく花ひらけ

米山正夫さんの命日によせて。 - 麦秋 (男性)

2018/02/22 (Thu) 05:27:25
*.bbtec.net

 今日2月22日は、米山正夫さんの命日です。
1985年(S60)没、72歳の生涯でした。

 ひばりちゃんのヒット曲に米山さんの作品が多く
おふたりは、相性の良さ抜群だったと思います。

 『リンゴ追分』、『ロカビリー剣法』や、
『長崎の蝶々さん』『大川ながし』などなど、
どの歌も文句なくすばらしいのですが、特に
私の気に入っている歌が、
『こだまは歌うよ』と、『アルプスの娘たち』です。
両方の作詞も、米山正夫氏。

出世作『森の水車』『山小舎の灯』の流れをくむ
青春賛歌と言える作品だと思います。
 明るくて、清潔感があり、軽快でいつ聴いても
楽しい気分にしてくれます。
私にとって、永遠の青春ソングです。

 お気に入りの曲が、なかなかステージで歌われ
ないとの声を多く聞きます。この二曲も舞台での
歌唱を待っていましたが、実現しませんでした。

 ただ、『こだまは歌うよ』は、NHKラジオ
「黄金の椅子」で歌われています。数少ない
十代のライブ録音が残されているのは救いです。

 一方の『アルプスの娘たち』は、実況録音では
ないが、映画「陽気な天使」と「ロマンス娘」で、
レコードと違うバージョンを楽しめます。
 ひばりちゃんのヨーデルは他の歌手の追随を
決して許さない見事な歌唱だと思います。

 数多くのすばらしい作品がひばりちゃんに提供され、
歌唱が遺されたことを、うれしく、感謝しています。

我が「ヒーロー美空ひばりさん」との出会い - 麦秋 (男性)

2018/02/21 (Wed) 06:16:01
*.bbtec.net

 動く美空ひばりさん、すなわち映画で、
最初に観たのは「とんぼ返り道中」です。
小学5年も終わり近い頃だったと思う。
村の公民館での巡回映画会だった。

 彼女の、『東京キッド』『悲しき口笛』
は愛唱していたし、この映画の主題歌
『越後獅子の唄』もすでに歌えた。

 映画で自分と同じ年齢の少女が歌に、
踊りに、芝居にと、全編、大活躍振りに
大きな衝撃を受けました。だが、
衝撃はそれだけではありませんでした。
 それは、「浪曲」です。

 大人の浪曲を、ものの見事に謡う少女を
観たとき、雷に撃たれたようなショックを
受けたのです。

 私は、祖母、おばあさん子で育ちました。
おばあさんは、毎年、田舎まわりの浪花節
語りを聴きに行くのを楽しみにしていた。
私も、金魚のフンよろしくおばあさんに
付いて行っていました。
 自分が、浪曲を理解できていたのではなく、
淋しいのでおばあさんに付いていった
のです。
 が、ここが、恐ろしい?ところで、
私の体内に、知らない間に浪曲の種が
植えつけられていたのです。そして、
映画のひばりちゃんの浪曲が、その
潜在意識を目覚めさせました。
ひばりちゃんがこの時、私の生涯の
ヒーローに、なった瞬間でした。

 彼女のデビュー以降の楽曲は、ブギ
などのリズムを取り入れた新しい感覚
の歌でしたが、私が彼女にとりつかれた
のは、浪曲に共通する「哀調」のある声と、
「節」まわしだったのです。
もちろん彼女は、どんなリズムも見事に
こなし歌で天才ぶりを発揮していきました。

 私の「ヒロー」が、青バット、赤バットや
古橋、ターザンではなく、「美空ひばり」
であったことは、最高に幸運だったと
つくづく思います。

「とんぼ返り道中」は、私の人生にとって
大きな意味のある映画です。

後援会とファンクラブ - 後援会員 (男性)

2018/02/15 (Thu) 10:54:11
*.home.ne.jp

先日、NHKBSで、私の大好きな「お島千太郎」を三山ひろしさんの歌で聞きました。
同世代の男性歌手の中では一番好きで、歌もとても良く、台詞も彼のでありましたが、
改めてひばりさんので聞きたくなり、TBSでやっていたものを引っ張り出してきて、
更には、東映映画での『お島千太郎』も見直しました。


ところで、今年の東京江戸博物館での「ひばり映画祭」は中止だそうです。
毎年楽しみにしていたのに中止であり、後援会からは何の連絡もなく、
電話で確認しましたら、博物館自体の改修工事で中止との事。
改修工事が急に決まったわけではない筈で、半年以上も前から決定していたと察するに、
情報として流さないのも、又、他の場所での開催を検討しないのも寂しい限りです。

「ひばりファンクラブ」からのメールでも知らされていない事を告げると、
ファンクラブとは全く関係ないから知らないとの事でした。
ひばりさんが亡くなって30年ですが、現在、応援の組織が二つある意味が分かりません。
私は後援会には入っていますが、ファンクラブはメールやツイッターの受信だけで、
リアルタイムのテレビ情報だけ入手でき、これはこれで重宝しています。

しかし、生誕祭は合同でやるようですが、それ以外の情報交換がないのは疑問です。
後援会の会費徴収も、相変わらず現金書留かイベント会場での領収書付の現金受付です。
機関誌も人の手で住所記入の発送で、人間的な温かみがあることは事実ですが、
今の時代、もう少しデジタルな処理があっても良さそうな気がします。
ファンのためにも、後援会スタッフ処理対応の負荷軽減のためにも。

片や、ファンクラブはネットでの情報送信ですし、
私はこの際一緒になって、会費は書留以外にネットでも振り込み可能にしたり、
機関誌送付もシール対応でも良いと思います。

後援会の人の手の温もりに、今の時代に合った処理を加えることで、
郵便局や生誕祭会場での混雑をなくすことは高齢化のファンには朗報でありますし、
新しいファン、若いファンを獲得するには、分かり難く不便極まる現状だと思います。

日本の宝、ひばりさんを、新たなファンと共に応援し、次の世代に引き継ぐためには、
心を一つにして、多くのファンの利便性や快適さに改善することが急務だと思いますが、
ひばりプロの方、後援会スタッフの方、ご覧になっておられたら、ご検討願います。

Re: 後援会とファンクラブ - 小鳥 京(こどり きょう) (?)  URL

2018/02/20 (Tue) 04:13:47
*.spmode.ne.jp

後援会とファンクラブ??
2個もあったのですか、
知りませんでした。
ふべんそうですねぇ…。

私は30代ファンですが
ひばりさん情報は
もっぱらこの掲示板から、
あとひばりプロ公式Twitterも
受信しています。♪

人の気も知らないで(その②)闘う14年 - 朝風呂Mail (男性)

2018/02/19 (Mon) 05:26:22
*.bbtec.net

 美空ひばりさんが三十歳を迎え、
その14年後に最愛のお母さんが亡くなる
までの14年間は、ひばりさんに
とって闘う激動の年月だったと思います。

 ひばりさんの二十代後半に「柔」「悲しい酒」
というメガ級のヒット曲を放って、ひばりさんは
文字通り、歌謡界の頂点で燦然と輝いていました。
そして昭和42年に三十歳を迎えました。(小生、
19歳でした)三十代スタートの年のひばりさんの
レコード録音活動は今までにない斬新で、意欲的
なものでした。その筆頭は当時の歌謡界では
画期的だった一枚のLP(アルバム)をすべて
オリジナル曲で構成したアルバムをリリースした
ことです。そのアルバムのために11人の作曲家が
新曲をひばりさんに捧げたのです。それらは大御所
古賀政男、万城目正から、畑違いの原信夫、平岡精一、
いずみたく、神津善行といったそうそうたる顔ぶれ
でした。また内容的にも正統的な歌謡曲だけ
ではなく、当時の流行を取り入れたグループサウンズ
ポップスやシャンソン風の都会的な色合いの濃い
曲まで多彩でした。そしてそのアルバムの中から
「真っ赤な太陽」と「芸道一代」のひばりさんの
ヒット曲が生まれました。このアルバムのように
ひばりさんの三十代のスタートはまさにこれからの
未来に向う輝かしいものでした。

 そのころの自分はひばりさんの動向を大いに
気にしながらも、人並みにその当時の若者の
ように、アメリカン・フォークやポップスに
夢中になり、同好の仲間たちと語り合ったり
ちっともうまくならないギターを練習したり
していました。一方大好きなひばりさんが
「真っ赤な太陽」のような新しいタイプの
曲を出して、若い世代にも注目されたことが
誰にも言わずに一人で喜んでいました。
また自分はこの「真っ赤」よりも、神津善行に
よる「島の夕顔」と「喜びの日の涙」の
歌の新鮮さと、ひばりさんの歌唱力のすごさに
感激しました。両方ともとてもいい曲だった
のにあまりヒットにはつながりませんでしたが、
その当時のテレビ番組でひばりさんがよく歌って
いて、自分はこれからのひばりさんは単にヒット
曲を出すことだけでなく、本当に彼女が好きな歌、
そして質の高い歌を歌っていけばいいのにと、
青二才らしい考えをひばりさんに抱いていました。


Re: 人の気も知らないで(その②)闘う14年 - 麦秋 (男性)

2018/02/19 (Mon) 09:50:59
*.bbtec.net

 続いての投稿を楽しみに待っていました。
自分の来し方と重ね合わせて興味深く拝読させて頂いています。私も朝風呂さんも、年齢の差はあってもお互いに置かれた環境で、必死に生きた時代だったことを共感し、当時に引き戻されています。
 書かれているように、ひばりちゃんも同じ激動の時代に突入していったのですね。
神津善行氏に寄せられている感想も同感です。ヒットには遠かったかも知れませんが、意義深い出会いだったと思います。他の選択支は考えられません。
 朝風呂さんの投稿に、教えられることばかりです。ありがとうございます。次回の投稿をたのしみにしています。 

「今日は一日 美空ひばり三昧」のあと、さき。 - 麦秋 (男性)

2018/02/17 (Sat) 08:20:55
*.bbtec.net

 過去に、NHK-FMで「今日は一日 美空ひばり三昧」が放送されることを知り、リクエストを投稿しました。
番組中に運よく?私のリクエストが読み上げられました。
うれしく喜んで聴きました。
 
 しばらくして、聞き覚えのない女性から電話がかかりました。ラジオで私のリクエストを聴いて懐かしくて電話をしているとのことでした。60年以上前に、私の近所に住んでいた女性からでした。
 彼女曰く、あなたの影響で、昔のひばりちゃんの歌はほとんど歌える。そして、ラジオのひばりちゃんの特番を聴いていたのだと。
聞いて驚きました。気づかない、知らない、忘れてしまっていて半世紀以上時が経つも、延々と糸がつながっていたことに。
 
 私の、影響というのは、昔は、多くが田舎の家には、塀などはなくて、誰でも縁側に来ることができました。
私が蓄音機でレコードをかけて聴いていたひばりちゃんを縁側で良く聴いていたと、告げられたのです。
 小学生時代の彼女は、私の存在が、ただ一つの文化らしいもの?の接点だったと。

 また、話にはオマケがついていました。彼女には3歳下の妹さんがあって、姉妹で私の家に来て、ひばりちゃんや、「平凡」、百人一首を楽しんだというのです。それを聞いて、うれしさ半分、恥ずかしさ半分、複雑でした。
 
 影響はまだあって、子供時代、私は、ひばりちゃんの似顔絵ばかり描いていました。私は記憶にないのですが、似顔絵を描く手ほどきをしてもらったと言われ、また、仰天しました。現在は、彼女も勤めを退職し、昔の絵心も手伝って趣味で鉛筆画を始めていると言われ、どこでどのような縁があるのかと、ただただ、不思議に思います。

 この電話の数か月後、姉妹が遠路、私を訪ねてくれました。
嬉しい涙の再会でした。少年、少女時代に戻る貴重なひと時を過ごしました。
みな、ひばりちゃんが取り持つ縁のおかげです。
ひばりちゃんに心から感謝します。そして、NHKさんにも。

Re: 「今日は一日 美空ひばり三昧」のあと、さき。 - 朝風呂Mail (男性)

2018/02/19 (Mon) 05:36:20
*.bbtec.net

麦秋さん、またいい話をありがとうございました。
ひばりさんのFM特番は自分も興味津々で、録音
しながら聴きました。またこういう番組があると
いいですね。
また麦秋さんとひばりさんファンとの交流も
うらやましい。自分などは五十すぎてはじめて
そういう人たちと接点がもてるようになりました。
これからも珍しい画像、エピソード、楽しみに
しています。

人の気も知らないで(その①) - 朝風呂Mail (男性)

2018/02/15 (Thu) 04:01:30
*.bbtec.net

 どんな偉大な歌手も、何十年以上もの
長い年月、歌手として、あるいは同時に
映画俳優や舞台役者としても歩んでいけば、
必ず一度や二度は難しい時期が来るのは当然です。

 ましてやひばりさんのように幼い少女から、
思春期を迎え、そして大人の女性へと成長し、
さらに、人生の色々な苦難を抱えながらもっと
円熟を重ねて、一人の人間、そしてトップを行く
歌手として、その先を極めて行かねばならないとすれば、
私たちでは到底想像を絶するような苦労をしなければ
ならない時期があるのは当然です。

 美空ひばりさんが本当の大人の女性を迎える
二十代から三十代、日本のいや世界の音楽界は
大きく変わりました。それは誰でも言うように、
あのビートルズが出現して、ロック音楽、そして
さらにノーベル賞を受賞したボブ・ディランなどの
フォーク・ソングが大衆のための音楽の主軸になり、
今までの正統的に歌のうまさだけで、その実力と
人気を誇っていた歌手たちは以前と同じことだけを
やっているわけにはいかなくなったのです。

 そんな大衆のための音楽の世界が怒涛のように
変化しているときに、ひばりさんは一番女性として
輝く三十代を迎えたのです。小さいころからどんな
ジャンルの音楽もわけなくこなし、それらを自分の
歌として見事に歌ってきたひばりさんがこの時期に
時代に逆行するような前時代的な歌、「柔」が
大ヒットし、レコード大賞をもらい、さらにまた
あの若さで、その後のひばりさんの私生活の不幸を
象徴するかような苦悩にみちた「悲しい酒」が
ひばりさんが二十代後半から三十代に向かう頃に
彼女の生涯の代表曲になったのがある意味で
ひばりさんの歌手としてのそのころの運命が
出来てしまったような気がするのです。

(長くなりますので、後半は次回の投稿を
ごらんください)

無題 - ケンスケ (男性)

2018/02/10 (Sat) 00:36:44
*.infoweb.ne.jp

久しぶりに投稿します。

ひばりファンはたくさんいます。


亡き後、自分もと各界から色んなひとが言います。

何故、生前に、もっと言って欲しかったです。

どなたかが言っておられましたが、本当はファンなのに

ゲスに思われるから(当時)言えなかって、今なら

言えるってどういうことかなぁっと思います。

でも、TVは見放さなかった。

朝日TVが紅白に対抗して、ひばりの特番を放映

してくれました。

若い方には、わからないけれど、それほど芸能界には

なくてはならない人だったんです。昔


幼稚園の時から、ひばりの歌を口ずさんでいまいた。

今も、家では、ひばりグッズでいっぱいです。

レコード、パンフレットは歌の里に寄贈しました。


今、60代前半です。

これからも、ひばりさんの歌と共に生きていきますよ。

好きな曲は、ありすぎですが、マイナーな(落葉)、

(つばなの小径)、(恋慕かんざし)、(瀬戸の通い船)

です。これからも、私の人生の糧になって生き続けて

いきます。歌は永遠に生きてます(心の中に)。

Re: - けいこ (男性)

2018/02/12 (Mon) 01:05:25
*.infoweb.ne.jp

ひばりさんは、マイナーな歌が好きな方が多い
みたいです。
B面もいい曲が多いからです。
他に好きな曲があれば、言ってください。
昔から、大好きですから、何でも知っていますから。

Re: - ひばり映画っ子 (男性)

2018/02/12 (Mon) 13:48:19
*.home.ne.jp

素晴らしい楽曲が次々に選出されてきて小躍りするくらい嬉しいです。
『旅の若者』 「ひばりの三度笠』 に続いて、『恋慕かんざし』 が登場。

この3曲共に「わが心のひばりソング」ベスト上位曲なので、偶然というか、
全く同じような思いと、歌の好みの人がとても多いのかと、感動です。
けいこさんが言われる通り、とてもマイナーが曲が多いです。
ヒットや有名曲のB面も含め、自分は短調、若しくは途中で変調がある楽曲が、
何故か子供の頃からの、ひばりちゃんの大好きな曲でした。

他にも『ひばりの花形探偵合戦』の挿入歌「風に歌えば」や「白いランチで十四ノット」は、
マイナーで意表を突くイントロやメロディーに、子供ながら覚え、大人に披露しました。

中でも、『お役者仁義』の中で、同じ義賊として助け合う闇太郎に恋心を抱くも、
同郷で同じ目的を持つ雪之丞に肩入れする闇太郎を思う女心と、
やがては失恋で痛む心を、切々と歌う「恋慕かんざし」に、どれだけ感銘した事か。

『リンゴ追分(後半の歌唱)』『柔』や『悲しい酒』『人生将棋』『人生一路』等の、
時には演歌的な発声で、重厚に歌い上げたり、技巧的な歌唱力を如何なく発揮して、
世の人々に「ひばり節」の王道を聞かせるのと違い、
難しい曲ながら、役者としてのセリフを歌うような、もの悲しい調べの曲や、
リズミカルで淡々と歌いながら、圧倒的な歌唱力を発揮するマイナーなひばりソング。
こんなマイナーで短調のメロディラインが自分にはたまりません。

『海よさよなら』『花の都をあきらめて』『やさしい愛の歌』『ああ恋人よ』『テンガロン・ハット』
『恋は不思議なもの』『旅唄ざんげ』『ポトマックの桜』『東京新地図』なんかは、
もっとテレビを通して、ひばりちゃんの別の魅力として世の人々に知らせ、
単なる演歌だけではなく、ジャズ同様、歌の女王として聞かせてあげて欲しかった。



こういう自分ですが、7歳の頃からのひばりファンで、中学の時に後援会入会も。
しかし、大学の時、歌舞伎町のコマの前を歩いていた時に同行の複数の友人から、
公演中の「美空ひばり特別公演」の看板を見ながら放たれた辛辣な言葉が。

人それぞれ感性や好みは違うのは当然ですから、幾らでも反論は出来ました。
しかし、当時の若い人、特に20歳前後の学生や若い社会人の流行や好みは、
自分とはやはり随分違ってきているのだと、その時、改めて再認識させられました。

自分も他の友人達同様、グループサウンズや洋物、アイドル的な歌手の話にも、
十分付いていけるだけの情報も好みも、そしてギターで歌うこともできました。

でも、それに引き換え、当時のひばりちゃんがテレビで歌う歌は、
自分のベストひばりソング30にも50にも、当時も今も1曲も入っていません。

ひばりちゃんの、当時の逆境に立ち向かう心情を強調した歌ばかりで、
本人にも、そしてコロンビアや周りの人達にも、世の中の感情とのズレを感じたり、
面と向かってご本人にご注進したりする人がいなかったのでしょう。

亡くなった後の番組で、
「ずけずけ言う人や、ハッキリ物事を言ってくれる人が好きだった」と、
奈良岡さんやNHKの矢島さん、小西さん他、相性が合う人の名前が出てますが、
当時の企画楽曲や、テレビでの選曲、衣装にテレビ番組でのコメントに、
もっと、怒られても嫌われても良いからひばりちゃんのために、ファンのために、
真剣に意見を言ってあげる人が周りにいたら、と、それが一番寂しくて残念です。

もちろん、当時の楽曲や衣装を好み、ひばりちゃんの心情に感銘を受けたファンも、
どんな状況でもひばりちゃんを支え続けるファンも多かったと思いますし、
自分も、家族愛や田岡一家との義理を大事にする話は人間として大尊敬で感動です。

しかし、学生を終えて社会人となり、ひばりちゃんを否定する環境下に入ると、
且つ、上記の楽曲に興じていて、かっての映画に酔いしれていた自分にとっては、
当時テレビで流れる歌も、『花と喧嘩』以外の松竹映画も、ちょっと違う感性のところにあり、
好きだと周囲には言えず、身を潜めていたファンであったのは事実です。
ひばりちゃんが苦境の時こそ変わらぬ声援を送り、愛し続けるのが当然であり、
それは真のファンではないと、叱責を受けるかも知れませんが。


しかし、昭和20年後半から30年代は日本中の多くの老若男女がひばりちゃんの虜になり、
どこに行っても黒山のファンが集まり、ひばり映画や歌に実演に夢中だったのに
それが、この頃になると一変してしまったかのような状況になっていました。
もちろん大劇場の特別公演はどこも熱心なファンで満員だったし、
レコードも、ある程度の小ヒットとして売れていたと、コロンビアは言ってました。
しかし、ひばりちゃん自身も依然同様に大ヒット曲を望んでいたと思いますし、
あの「殺人的人気スター美空ひばり」の自分を捨てた訳ではなかったと思います。

現在、自分と同じ世代のひばりちゃんのファンに遭遇し嬉しい限りですが、
昭和46、7年以降のあの時、何かがひばりちゃんの思いに手を差し伸べられていたら、
映画に歌に、圧倒的な国民人気で夢中になっていた、昔からの多くのファンは、
依然と変わらず、更なる思慕の念を抱き続けていたのではと、悔しい気持ちです。

そして、『津軽海峡冬景色』『知床旅情』『北国の春』『舟唄』『矢切の渡し』、
後悔しても仕方ありませんが、自分と同世代のひばりファンにとって寂しかった時代、
これらの歌の一つでも、ひばりちゃんの持ち歌として世に送り出して流行っていたら、
そして、テレビで毎回涙ながらに歌う『悲しい酒』も、
以前の紅白や、最後の東京ドームで歌った時のように、
辛い心境を跳ね除けて、心で泣いて淡々とした歌だったら、
歌の上手さで視聴者の涙を誘い、もっと多くの世代にも共感を呼びファンが増え、
自分のように周囲に気を使ったり、心変わりしたファンはもっと少なかったのでは、
と自分は思います。


一見ひばりちゃんの生き方を否定するような箇所もあるかと思いますし、
当時の潜伏者が、今になって言うのはおかしいと、お小言を言われそうですが、
昭和20年30年代からの筋金入りのファンも、『柔』や『真赤な太陽』からのファンも、
晩年にファンになられた方も、ドーム不死鳥公演から好きになった方々も、
そして天国に旅立った後の多彩な特番やイベントの実態から、ファンになった方々も、
今のひばりちゃんには、多くの異なる次元の層のファンの方々がおられます。

60年近くファンでいる人間が、多感な10年間の青春時代に複雑な心境があったとしても、
今、晩酌後に自室に閉じこもり、更に一杯やりながらヘッドホンを装着し、
大音量で『恋慕かんざし』『ひばりの三度笠』『旅の若者』『娘船頭さん』他、
短調の大好きなひばりソングに、聴き惚れて、一緒に歌っている姿を見てくれたら、
天国からひばりちゃんも「ありがと」と、笑って許してくれそうな気がしますが。

これからも、死ぬまでひばりちゃん一筋には変わりありませんが、
そんな自分にとって、だから、今となっては叶わぬ思いと、
それでもひばりちゃんのファンをもっともっと増やしたいと願う気持ちと、
そして、大事なひばりちゃんの思い出の曲、を綴りました。

Re: - まろや (女性)

2018/02/12 (Mon) 17:53:50
*.dion.ne.jp

皆さまがお好きなマイナーな曲・・・私も好きな歌ばかりです。私は「笑顔と涙の遠い道」が好きで、ひばりさんの人生歌と思っています。また、十代後半から二十代前半のひばりさんの『声そのもの』が好きです。もっと若い方にこの時代のひばりさんの声を知って(聴いて)ほしいです。

昨年の生誕祭では『隠れた名曲コーナー』が有って、普段テレビでは聴かれない曲がかかりましたね。今年の生誕祭では、皆さまのお好きなマイナーな曲が何曲流れるか・・楽しみですね。

再放送ですが、テレビ放送のお知らせです。
❤【放送日時】2018年2月18日よる9:00~10:54
❤美空ひばり生誕80周年特別企画 ~ひばり日本歌謡史を歌う~
❤ゲスト:大津美子、弦哲也
❤紹介楽曲
「青い山脈」「九段の母」「リンゴの唄」「ここに幸あり」「王将」「新宿の女」♪「おふくろさん」「二人でお酒を」「浪曲子守唄」「港町十三番地」「真赤な太陽」「柔」「お祭りマンボ」など

Re: 苛立ちを抱きつつも・・・ - 朝風呂Mail (男性)

2018/02/12 (Mon) 20:34:11
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ひばり映画っこさんの青春時代の”苦悩”
そしてひばりさんを愛するがゆえの苛立ち、
よく理解できます。自死された音楽評論家の
中村とうよう氏も言っていました。
ひばりさんが一番女ざかりのとき、自分の
ところに来てくれば、色々アドバイスして
あげたのにと。
自分もよく同じように思っていました。
もし自分が彼女のレコードプロデューサーだったら
あれもこれも、彼女に本当にふさわしい曲や
レパートリーを選んであげたのにと。
あの天下のひばりさんにこんなことを考える
なんて、自分でもぞっとします。
しかしひばりさんは一部のやたら色々な音楽を
知っている、いや知ったかぶりをしている
ファンだけのために歌っていたのではないのじゃ
ないでしょうか。音楽の素養などまるっきり
ない人たちも、家庭の事情でろくに学校にも
行けなかった人たちも、ひばりさんの歌は
みんなの心を揺さぶり続けてきて、それがまた、
ひばりさんの歌人生だったのでしょう。

以前公開形式の番組にひばりさんが出ときに、
ひばりさんは会場にいた高齢の女性と握手を
した後そのおばあさんの好きな「柔」を声高らかに歌った
ことがありました。その時のおばあさんの嬉し
そうだったこと。そのとき、こむつかしいこと
ばかりを言っている自分はダメだなとおもいました。

でもひばり映画っこさんや、麦秋さんや、自分みたいな
ファンもいるべきです。そしてこれからも次の世代に
ひばりさんの偉大さを多方面から伝えていきましょう。

それからここで言われているマイナーというのは
あまり知られていない歌という意味ですよね。
マイナーはもちろん短調という意味でもありますから。

最後にわがままな余談です。「娘船頭さん」、
リアルタイムにひばりさんの若いころの
声で聴きたかったですね

Re: - ひばり映画っ子 (男性)

2018/02/12 (Mon) 23:07:52
*.home.ne.jp

朝風呂さん
コメントと中村とうよう氏の話、ありがとうございます。

全く偶然ですが、朝風呂さんが言われていた、あの公開番組、
今ちょうど観ていました。
TBSの『新ロッテ歌のアルバム』で村野武則さんが司会をしていたもので、
あのおばあさんの喜んでおられる姿と、村野さんが「神様に拝んいるみたいです」の
当時を振り返るコメントにグッとくるものがあり、さとう宗幸さんとの
「青葉城恋歌」の低音でのデュエットと合わせ、繰り返し観ていたところでした。

本当に、朝風呂さんや麦秋さん他、真にひばりちゃんの事を愛している方々が、
プロデューサーやマネージメントを担っていたらと、痛感します。

これまた偶然ですが、『娘船頭さん』も当時の映画での音源を聞いています。
若い時のやや高めの声での歌唱、懐かしいですね。

『リンゴ追分』も、「エエエエー」のサビの部分で、途中の息継ぎがないのが好きで、
新たな映像を見るときは、息継ぎが有るかないかドキドキしながら観たり。
歌舞伎座の「芸能生活10周年」の音源収録されている『リンゴ追分』と『菊五郎格子』、
そして『港町十三番地』はイントロの演奏も歌唱もレコードと同じで最高です。

あと、自分の言う「マイナー」とは、メジャー(大勢)の反対の意味ではなく、
あくまでも長調短調の「短調」の意味で、陽気なイメージでなく、
日本式旋律と言うか、ドレミファの「ソ」が半音違うメロディラインです。
中学の音楽で習った「押し花」に影響されたのかも知れません。

私の好きな曲「ひばりの三度笠」 - 朝風呂Mail (男性)

2018/02/11 (Sun) 04:50:07
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 昭和三十年春、桜が舞い散るころ、
私はピカピカの小学一年生だった。
遠いところに住むまだ見ぬ実父から
送られてきたランドセルを背負って
近くの遊び友達を誘って学校に
通っていた。

 そのころひばりさんは、輝く
ばかりの18歳。ステージで、映画で、
そしてレコーディング・セッションで
深みのある低音から澄み渡る高音まで、
七色の声を自由自在に駆使した歌声で
日本中の人々を魅了していた。

 しかしそのころのわたしがひばりさんの
歌を聴くには、ラジオから流れる歌を聴くか、
下宿の兄さんが持っているたった一枚の
「ひばりのマドロスさん」のレコードを
聴くしかなかった。

 昭和30年、ひばりさんは、常連の
浅草・国際劇場で、私がずっと後になって
聴いた「ひばりの三度笠」を
この写真のような若衆姿で歌ったに
違いない。
わたしにとって三本の指に入るべき
ひばりさんのこのベストソングは、
一見いわゆる股旅物のジャンルに
分類されるような歌に思えるかも
しれない。しかし彼女の当時の
なんとも言えない哀感あふれる高音を
生かした旋律のこの歌は寂寥感にみちた
素晴らしい歌で、気障な言い方をすれば、
一人の人生のどうにもならない運命への
あきらめと悲しみの歌を、18歳のひばりさんが
どうしてここまで表現できるのかと
ただただ驚嘆する。

 ひばりさんが亡くなった後、
まだわたくしは現役の勤め人で、
仕事の関係で出張をすることが
少なくなかった。その仕事が終わり、
家路へ向かう夜の車中から眺める
鄙びた風景の中の家の明かりを
見たとき、なぜかこの歌の旋律が
浮かんできて、小さな声で
口ずさんでいた。そして涙がとまらなかった。

 この名曲は残念ながら後年あまり
歌われることがなくて寂しい思いをしたが、
ひばりさん没後、女剣劇の中野弘子さんが
この歌のエピソードを紹介してくれたときは
本当にうれしかった。

 この自分の年になると、もうそれほどの大きな
夢はないけれど、もしかなうなら、夢中に舞台の
ひばりさんを見つめるこの写真の少女のように
昭和30年に戻って浅草国際劇場で「ひばりの
三度笠」を聴いてみたい。

Re: 私の好きな曲「ひばりの三度笠」 - 麦秋 (男性)

2018/02/11 (Sun) 13:24:44
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 読み応えある、朝風呂さんの投稿、情景が目に浮かぶ
すばらしい内容で感銘を受けました。
小学一年生で、『ひばりの三度笠』に魅せられるとは。 
驚きです。どのようなお子さんだったのでしょうね。

 『ひばりの三度笠』は、ラジオでわずかな回数流れた
のを聴いて、私も覚えました。
 レコード発売から3年後、S33年になって、松竹で
撮影された映画、「女ざむらい只今参上」を観て、
劇中に予想もしなかった『ひばりの三度笠』が出てきて、
「エエッ」と、電気が体に走るくらいビックリしました。
主題歌は別として、この歌のことは、いまだに記憶から
消え去りません。
『ひばりの三度笠』が小学生の朝風呂さんを始め、
ファンの間で静かに愛されていて、スポットを
浴びるチャンスを得た瞬間だったと、納得しました。

 私でも、ひばりちゃんの実物にお目にかかれたのは、
この時から約2年後のことです。地方巡業でした。
写真に似た扮装で、『やくざ若衆祭り唄』など、
イナセに歌った姿は忘れられません。
もっと、早く、観ておけば・・と、私も思います。
 
 股旅風な曲を、人生演歌?にまで昇華させられる
ひばりちゃんの歌唱力はお見事の一言ですね。
朝風呂さんの歌の分析は、とても勉強になりました。
作詞が『柔』の、関沢新一氏です。『思い出は遠く哀しく』
『道』など、作品に私の好きな歌が、ずらり並びます。
氏の存在も大きいように、今、思いを強くしています。

横浜の映画上映会 - まろや (女性)

2018/02/10 (Sat) 17:19:47
*.dion.ne.jp

お嬢CLUBの皆様の投稿を読むのをとても楽しみにしております。皆さま、いろいろな事をよくご存知ですね、珍しい写真も拝見できて嬉しいです。

私からはイベント・・・横浜から遠い方には申し訳ありませんが・・・横浜シネマ・ジャック&ベティ≪月例・美空ひばり上映会『ひばりチャンネル』≫の上映会のお知らせです。

●【第96回】平成30年2月18日(日)、2月19日(月)
       午前9:45上映 (78分)
  ≪憧れのハワイ航路≫ 1950年(新東宝)
       入場料=一般1,200円、シニア1,100円

●【第97回】平成30年3月18日(日)、3月19日(月)
        午前9:45上映 (85分)
  ≪鬼姫競艶録≫ 1956年(新東宝) 
       入場料=一般1,200円、シニア1,100円

●【第98回】平成30年4月15日(日)、4月16日(月) 
  午前9:30上映 (89分)
             (注)上映時間が15分早いです。
 ≪ひばりの三役 競艶雪之丞変化前編・後編≫
    1957年(新東宝) 前篇91分 (休憩) 後篇89分
      入場料(2本分)=一般1,800円、シニア1,500円

■シニア料金を利用の場合は、年齢確認の証明書を提示 


※この『月例上映会・ひばりチャンネル』は、今年の6月で100回目となります。ここまで長く上映会を続けてくださっているジャック&ベティの方に感謝、感謝です。


【ジャック&ベティ】
横浜市中区若葉町3-51
電話 045-243-9800 
交通 京浜急行線「黄金町(コガネチョウ)駅」下車徒歩5分


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